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最終入手日:2024年04月07日(参考情報)
徳川時代の「三つ葉葵」、柳川城の最初の築城主・蒲池氏の家紋「左三巴」、立花氏の家紋「柳川守」がデザインされている。
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福岡県筑後市尾島310
営業時間:9:00~19:00
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江戸時代に藩士によって作られた「柳河明証図会」(立花家史料館所蔵)の中に描かれた在りし日の柳川城の絵に《中鍾馗左右燕鷺図》(狩野時信筆)の鍾馗を配した御城印。
書道家・紅舟氏による揮毫。「立花宗茂と誾千代NHK大河ドラマ招致委員会」のロゴマーク入り。
50枚限定
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立花家二代・柳川藩初代藩主となる立花宗茂が、天正15年(1587)城主となり、関ケ原合戦の後改易され、元和6年(1620)に奇跡的な再封を果たした筑後柳川城の御城印の背景画は、江戸時代に藩士によって作……
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立花家二代・柳川藩初代藩主となる立花宗茂が、1587年(天正15年)城主となり、関ケ原合戦の後改易され、1620年(元和6年)に奇跡的な再封を果たした筑後柳川城の御城印の背景画は、江戸時代に藩士によっ……
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立花家二代・柳川藩初代藩主となる立花宗茂が、1587年(天正15年)に城主となり、関ケ原合戦の後改易され、1620年(元和6年)に奇跡的な再封を果たした筑後柳川城の御城印の背景画は、江戸時代に藩士によ……
冬の花、椿をデザインに取り入れた冬限定の御城印。
冬桜のイラストをデザインに取り入れた冬限定の御城印。
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100枚限定
100枚限定
販売終了
200枚限定
100枚限定
柳川城天守閣の背景に柳川藩立花氏の独占紋「柳川守」。入道雲の夏空と向日葵のイラスト入り。
背景に田中吉政公の家紋「左三つ巴」。「田中吉政公御城」、「筑後三十二万石」の文字。椿のイラスト入り。
背景に田中吉政公の家紋「左三つ巴」。「田中吉政公御城」、「筑後三十二万石」の文字。夏の風物詩 金魚のイラスト入り。
背景に立花宗茂の家紋 中結祇園守と寒椿のイラスト入り。
楓と中秋の名月を背景にあしらった秋限定の御城印。
立花家家紋『抱き花杏葉紋』と「鶴舞う如き美しき城」、「筑後國柳川十万石」の文字入り。
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墨城印セット第23弾
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三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
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