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最終入手日:2026年07月27日(参考情報)
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鳥取県東伯郡湯梨浜町旭412-1
営業時間:11:00~14:00
定休日:水曜日、木曜日
伯耆古城札として、高岡城・法勝寺城・二部城・江美城・黒坂城・生山城・打吹城・羽衣石城・八橋城・堤城・三朝城・香原山城の12種類の御城印と、稗津合戦の1種類の合戦印がセットで「米子まちなか観光案内所」と「米子市立山陰歴史館」で販売されています。
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三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
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