現在、51人の団員がこの御城印を所有しています。
最終入手日:2025年12月20日(参考情報)
金田城は大和朝廷によって築かれた城であるため、家紋の代わりに石積み越しに見える海の景観を朱印としてデザイン。
購入後に備え付けの「登城記念」の角印(21×21mm)を押すことができる。
御城印コレクションの運営には多くの労力がかかっています。今後も維持するためにこのサイトを便利だと感じてくださった方はぜひご支援ください。何卒よろしくお願いいたします。 サポーター制度のご案内
たくさんの御城印をコレクションで管理したい方はコレクタープランにご登録ください。 コレクタープランについて
長崎県対馬市厳原町今屋敷672-1
販売終了
2024年12月21、22日に開催されたお城EXPO2024の「国境最前線!対馬・金田城」のブースにて販売された御城印。たかぎ七彦氏による朽井迅三郎と長嶺判官がデザインされている。
金田城「御城印」プレゼント実施中でした。
自撮り写真など登城時の証拠写真を観光情報館に持ち込むか金田城のパンフについているQRコード(専用フォーム)から提出してアンケートに回答すると「登城記念」が入っていない御城印を無料で貰えます。ちなみに観光情報館で購入出来る御城印と同一のものなのですが、購入出来る御城印には購入時から「登城記念」が押されていました。う〜ん何か変(苦笑)
※画像は無料で貰った御城印
入手した自慢など自由にコメントしてください。画像の添付も可能です。
所有していなくてもコメントは可能ですので、所有者への質問や見つけた情報などを投稿してください。
ただし売買・交換についての投稿は禁止です。また誹謗中傷など個人や団体を傷つける内容など、不適切と判断した場合は削除いたします。
安全で有益な情報交換の場にしましょう。
(投稿いただいたコメントや写真は攻城団の利用規約に基づいて利用させていただくことがあります)
攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)
三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する