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最終入手日:2026年06月07日(参考情報)
通常版と比べ、文字と家紋が前後入れ替わており、赤い部分がメタリックになっている。
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販売終了
村上海賊が発行していたとされる通行手形をモチーフにしたデザインとなっている。
第1版から書体が変更になっている。
手透きの五十崎和紙を使用し、ギルディング技法による箔押しが施された御城印。
手透きの五十崎和紙を使用し、ギルディング技法による箔押しが施された御城印。
上陸記念の文字がなくなっている。新しい通常版として販売。
墨城印セット 第12弾
第12弾コンプリートセット特典
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三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
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