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最終入手日:2026年03月15日(参考情報)
多くの要望に応えて作成された千福城の御城印。
葛山氏の家紋「下がり藤」、後北条氏の家紋「北条鱗」、武田氏の家紋「武田菱」、今川氏の家紋「丸の内に二つ引両」がデザインされている。
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静岡県裾野市千福387
2026.03.15
普明寺さんの寺務所にて購入しました。
実は以前より、攻城団のHPで千福城の御城印が出たのは知っていたので何度か訪問していたのですが、普明寺さんの住職やお寺の方が不在で中々買えなかったのですが、ようやく購入出来ました😅
本丸にて記念撮影📸
千福城、お寺の方が物凄く綺麗に整備してくれていて、とても見学しやすい中世城郭ですので、未攻城の方も訪問済みの方も是非来て欲しいです😊
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三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
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