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最終入手日:2026年08月14日(参考情報)
渡良瀬遊水池の葦(ヨシ)で作ったよし紙を使用した御城印。小山秀綱とその弟、結城晴朝の和解の伝承にちなみ、縁結びの縁起物である「双葉葵」と、末永い幸せを願う「淡路結び」がデザインされている。
小山氏の家紋「二つ巴」と結城氏の家紋「三つ巴」がデザインされている。
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栃木県小山市中央町3-7-1
営業時間:9:00~18:00
定休日:月曜日(祝日の場合翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)
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三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。
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